One of TAMBOURINES

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小さい秋、小さい喜び

気がつけば、もう9月最後の日。
ここから、あーーっ、と言う間に冬になり、
年末。
なーんてことにならぬようにしたいものだ。
毎日必ず与えられている小さな(実は大きな)恵みに
ちゃんと目が留まる心を持ちたい。
二度と再び来ることのない「今日」の中で感動し、感謝して。
「何をそんなに忙しがってるの?」と
天の御使いたちに笑われぬように。

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先日、北大キャンパスを訪れた。
生活団の子どもたちと行く予定のため、下見ということで。
秋晴れの気持ち良い日の午後。
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私はポプラの木が好き。
なぜだろう、空に向かってまっすぐに気持ち良く伸び
それでいて幹の太さに似合わぬたくさんの小さな葉が、
細かく揺れるさまに、いつも風を感じられるからか?
東京に住むようになって、帰る度に
この木に「お帰り」と言ってもらったような
そんな想いを抱いてこの木を見ていたからか?
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久し振りに北大を訪れて、一般向けにこんなカフェがオープンしていた。

ノーベル賞受賞された鈴木章名誉教授の足跡を求めて
全国から観光客が訪れるようになったから、なのかな?
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by tmbrs-3 | 2011-09-30 21:41

ドラマ;ファミリー登山 Ⅱ

旭山公園登山口から登り始めて数分。
おかしいな、やけに険しいぞ・・・。
道幅も狭いし、前回とは随分違う気が・・・。
息はあがるし、子どもたちもブーブー。

あちらのコースでは道すがら
あんなに頻繁にすれ違っていたのに、
相反して人影も少なく
たまに会う人は妙に達人ぽい。


しばらくしてふと立ち止まると、見晴らしの良いところ。
休憩しながら景色を見ていると、後ろから登って来た方が
しばらくして引き返して行った。
・・・ひょっとして、ここ、旭山の頂上だったりして?!
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しかも、はるか向こうに見えるのは、まさかの藻岩山頂上!
(只今展望台工事中につき、頂上に見える大きなクレーンで判明)

そのあとは、見事に下りが続き・・・
もしかして下山してる?
どうやら、ひと山越えて藻岩山に続くようだ。
「せっかく登ったのに下りてる~~!」
さすがに子どもたちも気付いたようだ。
「もう、もどろうよ~~」
ブーブーに拍車がかかる。

「これからは「やだ」とか否定的な言葉は禁止!
 言った人は罰ゲームだからね!」

それ以降ふんばる子どもたち。

「あと少し!”馬の背”で繋がってるはずだから・・・」


子どもたち;「ってことは帰りもまたこの道をもどるってこと?」
大人たち;「そんな先まで考えないの。とりあえず、”馬の背”くらいの先までにしておこう。
       人生もさ、あんまり先々考えてもよくないんだよ、ちょっと先くらいね。」
子どもたち;「いつもは”先を考えて行動しなさい”って言うくせにぃ」
大人たち、苦笑。


やっとの思いで”馬の背”到着。
すでに頂上到着相当の達成感あり・・・。
ナッツとチョコと水分ですばやくエネルギー補給。
根が生える前に再スタート!
ここまでくればあと一息!と自分達に言い聞かせ。



そこから少し行ったところで、すれ違いざまに「こんにちわ~」
ん?なんか聞き覚えのある声。
あー!
見ると、息子たちの一つ下の生活団卒業生、Wさん家族とばったり!
「子どもが藻岩山登りたいって言うもんで・・・」とWさん。
やっぱり、幼児体験はその人の血肉となるのね、恐るべし。

思いがけない再会で勇気と活力をもらい
最後の岩肌を登り切り、ついに頂上到着!

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この12月展望台リニューアル・オープン予定ですよ~。
ロープウェイもリニューアル、楽しみ。

それにしてもおにぎりの、めっちゃうまかったこと!

さてと、しっかり食べて一息入れたて、いざ下山!
(朝、冷蔵庫に忘れたパウンドケーキの悔しかったこと・・・)
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登山は人を成長させる何かがあるようだ。
あんなに不平不満タラタラだった子どもたちも
下山では、枯れ枝を拾っては杖に見立てて、物語の主人公さながら
いかにも楽しそう。
大人たちも、もう決して若くない身体に鞭打つ快感さえ?



山は登って下りるだけ。
至って単純、何の生産性もない。
けれど一度登り始めたら、誰も途中で投げ出せないゆえに目覚める
底力のなせるわざなのか、
平地では味わえぬ爽快さがある。
だから人は山に登るのか。

これって人生に似てるかも。


下りても下りてもまだまだ続く山道。
1キロが10キロにさえ感じる山道。
それでも、ゴールはちゃんと来る。

これも人生に似てるかも。

登山口に到着し、思わず両手をあげて「やったーー!」をしたのは
大人たち。
子どもたちは感動もよそに、違うことに遊びだす、これまたスゴイ。
と、にわか雨が!
「天気雨だから虹が見えるかもね」
急いで旭山公園の噴水広場へ。


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札幌市内に架かる虹の大橋。
虹の袂の両端を見たのは、もしかしたら初めてかもしれない。
それにしても、何と言う絶妙なタイミング!

これも、もしかして人生か?

神さま、ありがとう!!
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by tmbrs-3 | 2011-09-28 21:44

ドラマ; ファミリー登山

9月23日は秋分の日。
台風一過、秋晴れは絶好の登山日和。
Oファミリー、Eファミリーと一緒にまたもや藻岩山登山。
私たち親子は今年3回目だもんね~、と心ひそかにと余裕を見せていたのが
間違いだった。
Eさん提案で今回は旭山公園登山口から登ることに。
これが、ドラマの始まりだった・・・。

登山口に来るなりいきなり視界に飛び込んでくる真新しい看板。
なんでも今年はクマの食糧なるどんぐりが不作とかで
人里近くまで下りてくるらしい。
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「熊に出会ったときは、食べられる物や荷物を順に投げ捨て
 相手の気をそらせながら、後ずさりして逃げること」
とは隊長Oさんのアドバイス。
大人3人、子ども4人、元気に出発。

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先日の台風で倒れたのだろうか。
根っこの土の様子から比較的最近と思われた。
この瞬間はすごかっただろうな・・・。

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by tmbrs-3 | 2011-09-24 14:37

体操会

毎年恒例、生活団の体操会が先週土曜日に行われた。
大きな芝生の広場のある場所ということで、
会場は真駒内公園内。

在団生はもちろんのこと、卒業生対象の競技も用意されている。
息子たちも、ここでの再会をお互い楽しみにしているようだ。
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競技すべてが終わり、芝生でお弁当を食べ、
在団生すべて退散後も、飽きることもなく遊び続ける卒業生たち。
遊具何一つない公園で、
木登りしたり、小枝や葉っぱを集めて秘密基地を作ったり。

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子どもに負けず母たちも、飽きることなく根が生えたように。
曇り時々小雨にもかかわらず。
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by tmbrs-3 | 2011-09-20 15:28

「闇に輝く光」より Ⅵ

聖書の神は痛みを知る神

聖書は、神が苦悩する人間をほうっておかず、人々を救うために、
ひとり子イエスをこの世界に送られたと教えています。
その方は、「悲しみの人で、病を知っていた」とも記しています。
次の言葉は、その方に関する最も有名な聖書のことばです。


神は、実に、そのひとり子(イエス・キリスト)をお与えになったほどに、
世を愛された。
それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、
永遠のいのちを持つためである。


私はある日、避難所から他の避難所に物資を届けようとしました。
けれども、突如自分の心が耐えられれなくなり、
思わず避難所から飛び出してしまいました。
その時、自分の心が傷ついていることを知りました。
自らがおぼれながら、他のおぼれる人を助けることはできないことを知りました。

神のみが、私たちおぼれる人間をすくい、助け出すことがおできになります。
そのひとり子であるイエスを、私たちの世界にお送りくださったほどに
私たちを愛しておられる神。
イエスは、滅びゆく人間の罪を十字架上で赦し、救い出すために来られたのです。


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痛みと悲しみが満ちる闇の世界に飛び込んで来られ、
世を照らす光となられたこの方を、
今も苦悩する私たちの救い主として、心の中にお迎えしようではありませんか。



すべて疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。
わたしがあなたがたを休ませてあげよう。
  イエスキリスト


祈りましょう。


「天の父よ。被災で苦しむ人々と私たちを、どうか助けてください。
 いつかこの痛みのすべてが、喜びに変わりますように。
 心の扉を開き、今、イエス・キリストを救い主として、
 私の心の中にお迎えします。
 どうか、すべての闇を照らし、私の罪もお赦しください。 アーメン(心から)」



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(著者佐藤彰師の承諾をいただいて転載)



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by tmbrs-3 | 2011-09-15 16:04

「闇に輝く光」より Ⅴ

ところで、いったん失ったものを追いかけ始めると、
決まって心はうつろになります。
鋏上格差ということばがあることを、初めて知りました。
被災時点では同じスタートラインにいたのに、、やがて復興景気によって
以前より元気になっていく人々と、ひたすら悲しみに暮れる人々との格差が、
はさみが開くように、大きく広がっていくというのです。
もしそうだとするならば、私たちも気をつけなければなりません。
心しないと、ひたすら負のスパイラルにはまっていきそうです。
順々と復興が進む他の被災地を見ても、決して諦めないよう、
心のコントロールを心がけましょう。

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2010年、南米チリで、地下700メートルに人々が閉じ込められた
落盤事故が報道されました。
世界中が息をのんで見つめる中、見事に全員が救出されましたが、
あの時、地下700メートルで年配のオマールさんは日々聖書を開き、
希望を捨ててはならないこと、神を信じてこの難局を乗り切るべきことを説きました。
私たちも神を信じ、力を合わせて、何としてもこの難局を乗り越えたいものです。
泣きたいときには泣くのがいいそうですから、
この際50年分でも一生分でも泣いて、
そのあとに立ち上がりましょう。


(著者佐藤彰師の承諾をいただいて転載)


つづく
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by tmbrs-3 | 2011-09-14 20:26

「闇に輝く光」より Ⅳ

他方、集団での避難生活は4カ月(2011年7月現在)を過ぎ、
震災がもたらした過酷な現実と直面しています。
時の経過は日に日に重く肩にのしかかり、まるで真綿で首が締められるような
息苦しさを感じています。
職場は次々に倒産し、人々は職を失い、疲労はとうの昔に限界を超えています。
夫婦や親子も、身を寄せた親せきとの関係も、どこか何か以前と違うことを感じています。

「全力でマラソンをしているようなものですよ」とは、ある方の表現ですが、
あの大震災の渦中、だれも、全力を出さなければくぐりぬけることは難しかったでしょう。
とはいえ、いつまでも限界点を超えたまま走り続けるわけにはいきません。
このままだと、心も体も疲れ果て、壊れてしまいそうです。
私たちは、長距離に耐え得るペースのシフトダウンが必要です。




(著者佐藤彰師の承諾をいただいて転載)


つづく
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by tmbrs-3 | 2011-09-13 18:44

「闇に輝く光」より Ⅲ

「心は揺れても」

ところで、当初突然家を失い、着替えも貯金通帳も持たず旅に出た私たちは、
気がつくと「ありがたい」が口癖になっていました。
食事のごとに、「食べるものが与えられて、ありがたい」とか、
「着るものが支給され、あれがたく頂きました」とか。
人情の機微に触れて、自然と涙腺がゆるみ、幾度も心が震え、
涙を流しました。
当初、雑魚寝であっても、布団で横になることがありがたく、5日ぶりに
温かいものを口にしては、感激しました。
そして、いつしか気がつきました。
生きるのに必要なものは、そう多くはないということを。
私たちはこれまで多くの人々に助けていただきましたが、
あまりにそのような機会に会うので、もしかしたら私たちは、
被災してたくさんのものを失ったけれど、
もっと多くのものを得たのかもしれないと考えるようになりました。
間違いなく私たちは、神の愛に包まれ、人々のぬくもりに支えられて、
ここまで来ました。
苦しみましたが、数多くの幸せに出会いました。


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(著者佐藤彰師の承諾をいただいて転載)

つづく
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by tmbrs-3 | 2011-09-12 17:12

「闇に輝く光」より Ⅱ

その名も「福島第一」教会

私たちの教会は、福島第一原子力発電所ができるはるか以前に建てられました。
第二次世界大戦直後、アメリカから宣教師が来て、キリスト教の布教をしたのです。

当時、その宣教師が所属するアメリカのバプテスト教会の伝統から、
「福島第一聖書バプテスト教会」と命名されました。
結果的に、福島第一原子力発電所と名前が似たことになりましたが、
少しの不思議を感じでいます。
現在私たちは、自宅や教会のある故郷にかってに入ることが許されていません。
けれどもやがて、あの懐かしいの山にたち、思い出のしみこんだ故郷を見つめ、
教会の扉が開かれる日を夢見ています。

私たちは、原子力発電所のそば近くに建つ教会として、必死の思いで、
過酷の状況のもとで原子力発電所で働いている作業員や
その家族のためにも、祈りをささげています。



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(著者佐藤彰師の承諾をいただいて転載)

つづく

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by tmbrs-3 | 2011-09-10 22:14

あれから半年が経ち

教会の方からトラクト(伝道用チラシ)をいただいた。
「東日本大震災・復興支援」と記載されてあった。
今朝、通勤バスの中で読みながら、
私は途中でトラクトを閉じてしまった。
涙があふれて、その後の仕事に支障をきたすと思ったからだ。

「闇に輝く光」というタイトルで、著者は
福島第一原子力発電所5キロ圏内にある教会
その名も「福島第一聖書バプテスト教会」の牧師であられる佐藤彰師。

帰りのバスの中で最後まで読み、
帰宅後、ご本人の承諾をいただいた上で
みなさんにもご紹介したく、転載させていただくことにした。

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「これは悪夢か」

3月11日の東日本大震災。
その日は奇しくも、私の誕生日でした。
地震、津波、それに続く原発事故。
穏やかな日常が一変しました。
家も地域も教会も喪失し、町でくらすすべての人が、
赤ちゃんからお年寄りに至るまで、
一夜にして否応なく故郷を追われることになったのです。
ある人は、自衛隊のホロ付きのトラックに乗せられ、12時間揺られながら、
振り落とされないように必死でいすにしがみつき、
こごえる福島の闇の中、毛布も食料も行き渡らない避難所へとたどり着いたのでした。

まさか、現代の先進国日本で、そのようなノンストップのサバイバル逃避行に
巻き込まれようとは、思ってもいませんでした。
その後、教会にふだん通っていた人も、そうでない町の人も一緒になって、
60人余りの者たちは行く当てもない流浪の旅へと繰り出したのでした。
不思議な旅物語の始まりです。


つづく
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by tmbrs-3 | 2011-09-09 23:07

タンバリンズのVocalから


by tmbrs-3
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