One of TAMBOURINES

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ふきのとうは春の苦味

北国の遅い春の訪れが、少しずつ感じられるようになってきた。

今朝、台所の窓からふと迎えの空き地に目をやると
枯草の中に黄緑の点々が。

「みちお~、ふきのとうとってきてー」と私。
「おばあちゃーん、いっしょにとってこよう」と息子。

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photo by Michio

おばあちゃんとふたりでしばしふきのとう採り。

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ふきのとうは、かたいツボミならそのまま天ぷらに。
花が咲いているのは苦みがあるのでアク抜きして
(1ℓのお湯に重層小匙1を入れ、5,6分茹でて冷水に放つ)
味噌和えや佃煮にして食べる。
苦味が、これまた冬から目覚めた身体にほどいい感じなのだ。

その後、今度は雪割りに精を出すふたり。

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by tmbrs-3 | 2010-04-11 00:19

春よ来い

今日は全国的に小学校の入学式。
通勤途中、目にした何組もの新一年生家族。
去年の我が家、あれから一年。

三鷹の友人の娘さんも、今日からピカピカの一年生。
かつての我が家をバックに
Aちゃんの写メを送ってくれた。
庭の源平桃は満開だった。

今日息子は新2年生として、歓迎の合奏をしに登校。
一年は過ぎてしまえば早くもあり
それでいて中身はぎっちり詰まっている。


それにしても、今年の北海道あまりにも春が遅くて
こんな壁紙にしてみた。あんまり好みじゃないけど・・・。
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by tmbrs-3 | 2010-04-07 00:24

最後の晩餐Ⅱ

「わたしは、苦しみを受ける前に、あなたがたといっしょに、
 この過ぎ越しの食事をすることをどんなに望んでいたことか」(ルカの福音書22:15)

キリストは、切望していたその思いの丈を
最後の晩餐(過越しの食事)にて弟子たちに伝えている。
神の子イエス・キリストは、これから自分が十字架にかかって
死ななければならないことを、もちろん知っていた。
そのような屈辱と苦しみの極みを前に、なぜ彼らとの食事を
ここまで待望していたのだろうか。

それは、この食事が単なるお別れの儀式ではなく、
「過越しの儀式」が終わる、という神のメッセージを伝える
喜びの中にいるからなのだ。

これから自分が十字架刑によって処せられることで、その血が
あの旧約時代、門に塗られた子羊の血のごとく
信じる者に与えられ、神の、人の罪に対する裁きが、永遠に「過ぎ越す」という
神の、計り知れない人への救いのメッセージが秘められているのだ。

「あなたがたに言いますが、過越しが神の国において成就するまでは、
 わたしはもはや二度と過越しの食事をすることはありません。」(ルカの福音書22:16)


キリストの十字架の苦しみは、神の国の完成に向けての
始まりであり、すべての人への福音の始まりなのだ。
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by tmbrs-3 | 2010-04-05 23:53 | Easter

タンバリンズのVocalから


by tmbrs-3
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