One of TAMBOURINES

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Open Mind

e0105130_02572.jpge0105130_03840.jpg前述ポトフLiveでの、歌のタイトルだ。
彼らの新作CDタイトルでありながら、未収録の曲だそう。
Tくんが小夜に即日楽譜を渡してくれた。
こんなに早くできるとは。
ほら、小夜が珍しく楽譜見てるでしょ。


曲自体に不思議な世界観がすでにある。
それに引き込まれるようにして
さらにタンバリンズの「Open Mind」が見えた今日のリハだった。

「最初にこの曲を聴いたときから
 タンバリンズでやったらこうなるべなーって
 頭の中で音が鳴ったんだよね〜」
と小夜。

同じく、最初に聴いた時から私も心で歌ってた。
あらためて声に出して歌いながら
この曲に出会えたことを、神さまに感謝していた。

ありがとうTくん、そしてAさん。


(佳代子)
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by tmbrs-3 | 2009-03-30 00:05

ポトフLIVE at 北栄キリスト教会

ポトフ、あったかい響き。
いろんな素材をひとつの鍋で煮込んで
どんな味になるのかな?

そんなことをイメージしながら
彼ら「Pot au feu」のライブを聴いた。
ほっと一息つく夕刻
我らが集う北栄キリスト教会礼拝堂で。

リーダーTくんは、1歳からティーンエイジャーまでの
要するに「子ども時代」をこの教会で過ごした青年。
以前、このブログで紹介したことがあったけど
今は関東に拠点を置き
今回、仲間を連れて来てくれた。
個性豊かなそれぞれが、掛け合いしながら作り出す音。
ん~なるほど、「ポトフ」でした。
 
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楽しかったよ〜。
若いっていいなぁ、とおばさんら・し・く、思ったよ。
完全にそういう「まなざし」の自分に、あらあら・・・とも。

演奏もさることながら、個人的には
初めて聴いたTくんの歌が、特に心に響いた。
エゴのない声、日本語が日本語らしく聴こえる詞、メロディー。
ちまたに氾濫している、日本語を英語化して歌う押し付けがましさには
閉じてしまう耳が「聴きたい」と開き、心にまっすぐ届きました!

また来てね。


(佳代子)


私もあの歌が響いて、Tくんに訊きました。
「ねぇ、この曲タンバリンズでやってもいいかな」
すると、Tくん、
「ぜひぜひ!佳代子さんに歌ってもらいたかったんですよね」

・・・ということで、今度やってみよーねーーー♪

(Sayo)

マ、マジっすかぁ?!060.gif
(内輪ウケですみませーん)

(佳代子)
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by tmbrs-3 | 2009-03-23 14:32

心に迫ることば

前述の「著作集」より
これまで心に響いた言葉を抜粋して紹介したい。055.gif


「詩と田」

ここに田というのは実際生活に関する営みのことであり、
詩といったのは、人間内部生活から出て来る所の
あらゆる文化的なるものをさしている。
婦人の友(著者設立)は早くから、
実際生活をよくすることは、文化の基礎だと信じて来た。
しかし私は、深く田を作らない人間に決して詩は出来るものではないことを、
そしてまた同時に、詩を生むためでなければ
人間に田を作る必要は決してないということを、
何かにつけて強く感ずるようになった。
なおいま一つの発見は、田を作るのと詩をつくるのは
別々の仕事ではなく、実に自然なつながりの中に共にあることを
度々鮮やかに感得して、嬉しくありがたい心地がした。


喜び哀しみ何につけても、素直な人のこころには詩歌があり祈りがある。
パンのみにて生きることの出来ない人生には、
かくして至る所に清き詩の泉、歓びのオアシスがつくられてゆく。
しかしいつでもそれは、われわれが額に汗して田を作り
パンを得たその上のことである。

(羽仁もと子著作集20巻『自由・協力・愛』 「詩と田」より)



私たちは往々にして、ここで言うところの詩か田の
いずれかに埋没する傾向がないだろうか、と問われた。
あるいは、どちらかのみ重んじて他方を軽んじる傾向があるのでは、と。
私自身、繰り返される日常生活の諸々のことを「雑事」と呼んで軽んじ、
歌うこと、創作活動こそ自分のなかでの「聖域」と
思っていた時期が長かったように思う。

でも、ここを読んだときにはっきりと示された。
それは間違いであった。
とんでもない的外れであった。
ちゃんと「生活」しないところでいくら「歌」っても
それは、巧みなひとりよがりにすぎないし
かと言って、「生活」のことばかりに命をささげても
それは、目的を失った歯車にすぎないのだ。


清き詩を生むために、額に汗して田を作る者
また、深く田を作らなければ決して生むことのできない
歓びのオアシスをつくる者
そういう人に私はなりたい、と思った。


「ただ一つ。キリストの福音にふさわしく生活しなさい。」(ピリピ人への手紙1:27)


(佳代子)

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by tmbrs-3 | 2009-03-17 21:39

春遠のく

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お分かりいただけるだろうか?
猛吹雪です!



昨夜の暴風雪と言ったら。
雪たちも「消えてなるものか!」とでも言わんばかりの
最後の足掻きだった。047.gif
でも、そうしながら北の春は近づいてくるのだ。


息子はこの春、生活団を卒業する。
よくここまで来たものだ。
こどもたちはもちろんのこと、実は母たちも。
なぜならここは、母たちの学び舎でもあったから。
はっきり言って、ここは母にとっては「学校」だった。
けれども母たちの中に「仲よしグループ」は存在せず
母同士は真実を語り合うことのできる友であり
戦友(?)とも言えるほどの絆で結ばれた。
こんなところがあったとは。

その秘密は、創立者の書き残した著作集を土台として
同じ方向を目指し、時には討論しながら共に考え
持てる力を出し合い汗を流して働く、というところにあると言える。
いまどき流行らないやり方、極まりない。
でも、それがこの上なく楽しかった。
好きなこと、得意なことをするのが楽しいというのは普通なこと。
ここにあったのは、私にとってはむしろ好きではない、苦手なことだった。
それをするとき、ひとりではできない。
弱さを目の当たりにするのだ。
けれどそこに、必ず助けがあり
皆で一つのことを成し得ることをいつも実感できる。
誰かの「カリスマ」が皆を動かすということはなく
皆が「平等」であり、「対等」であり
同時にそれぞれが「唯一無二」であり続けることのできるところ。

もうすぐここでの生活が
終わる・・・


(佳代子)
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by tmbrs-3 | 2009-03-13 00:39

春はすぐそこ

ひなまつりは桃の節句、とは何処のことやら、
まだまだ雪のチラつく札幌の3月。
融けては降り、融けては降り。

でも、耳を澄ませば、ほら!
春の足音は確かに聞こえている056.gif
以下の絵は、球根栽培観察日記である、念のため。
(夫に、「コレ、汽車に目が行って何か分んねーよ」と言われてしまいまして)
 
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先月、息子が育てていたヒヤシンスが花を咲かせた。
断熱材と暖房効果で東京より暖かい、札幌の室内で、ではあるが・・・。024.gif

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(佳代子)
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by tmbrs-3 | 2009-03-07 22:09

タンバリンズのVocalから


by tmbrs-3
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