One of TAMBOURINES

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「生活団」こどもアート

息子の通っている生活団で目指していることは
「よくみる よくきく よくする」こどもになること。
そのために、大切にしていることのひとつに美術がある。
けれども、ここでは白い紙に「お絵描き」のようなことはほとんどしない。
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4才組(=年少)では、部屋の中央に置いてある
色鮮やかな大画用紙をまず選ぶところから始める。
(ピアノの生演奏を聴きながら歩いて)
自分の好きな色を選んだら、今度は筆で
力いっぱい、思い思いの色を載せていく。
それは、何かの形ではなく、それぞれが表したい「何か」。
ここでは上手も下手もない。
その人がその人らしく表現することが尊重される。
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e0105130_1265220.jpg5才組(=年中)では、組でお世話していたモルモットを
思い出しながら、色とりどりの毛糸を紙に貼って作ったり
空きビンに端切れやガラクタなどを貼って人形を作ったり
正方形のベニヤ板に、ポスターカラーの色を載せたり
様々な形を思うままに配置させたりして
アートを楽しんでいた。

誰かの真似ではなく、自分は何を選び、どうしたいのか
誰かのようにではなく、自分らしく力いっぱいすること
それが、ここで称賛されること。
そして、それは
そのように生きることを励ますことでもある、と母は思った。

(Kayoko)
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by tmbrs-3 | 2008-04-24 01:35

Kおばちゃん

e0105130_91090.jpg 息子にはおばさんがひとりいる。
私の妹だ。
同じ市内に住んではいるのだが
お互い市の端と端、そんなに頻繁には会えない。
けれど、息子はKおばちゃんが大好き。
自分からラブコールをするほどだ。
彼を虜にする何かを持っているのだろう。
その一面には何か面白い事をしてくれる、というのがあるようだ。
たとえば、手遊びや振りつきの歌。(ちょっと難しいのがいいみたい)
それから、もの作り。
少し前のことだが、妹に託児を頼んだ際
帰宅してみると、ふたりでクッキーのおうちを作っていたのには驚いた。

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写真左は、同時期にKおばちゃんコーチで
完成したステンドグラスの作品。
透明なプラ板に特殊なペイントでお絵描きをするとこのようになるのだ。

もうひとつは、Kおばちゃんからのプレゼントで自分で作る時計。
木の板に、先に大胆に絵を描いてしまい、後からその隙間に数字を載せてくれた。
数字の間隔は、中心の角度で計ってくれたのでこれでも時計としてちゃんと機能しているのだ。


そのおばちゃんも、最近は新年度の準備で多忙を極め、なかなか会えないのである。


(Kayoko)
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by tmbrs-3 | 2008-04-15 09:08

三鷹の源平桃

e0105130_9502762.jpg去年まで住んでいた、三鷹の我が家の庭に植えられていた
「源平桃」
今年も美しい花を咲かせてくれたらしい。
濃いのと淡い桃色二色の。
(ご近所さんが撮って送ってくれました。
 写っているのはその娘さんで、息子の幼馴染Aちゃん)

この木は、大病した父の退職記念に3年前植えたもの。
引越しの時、本当は持ち帰りたかった。
けれど植木屋さんによると、
植えてから1年以上たっている木は根が張っていて、
掘り起こすのに労力と費用がかかるだけでなく
弱ったり、枯れてしまったりするそうで、とめられてしまったのだ。

この家はまだ空家のまま。
この木を大切にしてくれるひとに、住んでもらいたいな。


(Kayoko)
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by tmbrs-3 | 2008-04-10 09:52

さくら、桜、サクラ

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私の東京時代に、大好きになったものの一つ、桜。
それまで故郷札幌で知っていた桜は
関東で言うところの、いわゆる「葉桜」らしい。

「ソメイヨシノ」
その名すら住むまでは知らなかったが
あちこち一斉に咲き乱れるのが、この種類。
札幌の街には桜並木はほとんど存在せず
公園などにまとめて植えてあったりするのだが
東京は、それらが至る所に点在する。
それまではまったくの枯れ木だった大木の枝枝が
一斉に華やぎ、列をなして淡い桃色に色付く様は、まさに「お見事!」。
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中でも個人的に好きだったのが、川沿いの桜並木。
神田川、善福寺川、野川・・・
井の頭公園もすばらしい。(ただし人の多さにはうんざりするが)
水辺の桜は、不思議と水際の枝が水面をのぞきこんでいるかのごとく
延びているのが、またなんとも言えない情緒をかもし出すのだ。
札幌人は、是非この時期に上京することをお薦めする。
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おもしろいのがお花見の違い。
札幌では、花見と言えば欠かせないのが、
野外ジンギスカンだった。
(今でもそうだよね?)
それが当たり前になっていた私にとって
ひたすら飲むのがメインのお花見は、
結構カルチャーショックだった。

それから、忘れてはいけないのが、桜吹雪。
それまでは、時代劇の中だけの風景だったのが
ちゃんと生活の中に、実在することを知ったのだった。
なんたって町の至る所にあるのだから
普通に桜吹雪の中を歩けるのだ。
散りゆく花も、また美しい。
水面に浮かぶ花びらも・・・
日本人で良かったと思える瞬間なのだ。043.gif

(Kayoko)
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by tmbrs-3 | 2008-04-06 22:18

Easter(イースター)

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2008年3月23日は、キリスト教会の中で
イースター(復活祭)と呼ばれている日でした。
イエス・キリストの誕生を祝うクリスマスと同様
キリスト教会にとって毎年祝われる大切なイースター、
これは、毎年12月25日に祝うクリスマスなどとは違い、「移動祝日」という日付の固定しない祝日(日本でいう春分の日や秋分の日とかと同じ)で天文計算によって決定します。
「春分の日当日あるいはそれ以降の最初の暦上の満月(新月から数えて14日目)を過ぎたあとの最初の日曜日」がイースターにあたります。
ちなみに、今年はものすごく早かったのですが、2011年のイースターは4月24日になるそうです・・・。

十字架にかけられて死んだイエス・キリストが3日目によみがえった・・・という「んなアホな!」と言われそうなことを、クリスチャンは「事実」として真剣に信じています。もちろん、私たちも。
復活がなければ、キリスト教は成り立たない、といっても決して過言ではありません。


Kayokoが、イースターにまつわるできごとを、聖書を基に、18回にわけて書いてくれました。

1) 受難週
2) 裏切り
3) 神の子キリスト
4) ペテロの否認
5) 判決
6) あざけり
7) 丘の上で
8) イエスの死
9) 復活 Ⅰ[空っぽの墓]
10) 復活 Ⅱ [マリヤに現れる]
11) 復活 Ⅲ [番兵の報告]
12) 復活 Ⅳ [ふたりの弟子に現れる]
13) 復活 Ⅴ [弟子たちに現れる]
14) 復活 Ⅵ [疑い深いトマスにも]
15) 復活 Ⅶ [弟子たちへの三度目の顕現]
16) 復活 Ⅷ [わたしを愛しますか]
17) 復活 Ⅸ [残されたことば]
18) 昇天


ぜひご一読くださいまし001.gif
(新改訳聖書の場合、ひらがなで「わたし」と書かれているのは、
 私たちではなく、神ご自身が話されたことばを意味します。)

(Sayo)


ちなみに、画像はいつもSayoが内容に合ったものを、みつけてくれています。
私もそれが楽しみなんです。045.gif

(Kayoko)
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by tmbrs-3 | 2008-04-03 06:45 | Easter

1) 受難週

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「受難週」とは、
キリストが、十字架につけられるまでの
苦しみの道のりを覚える週である。

イエスは時の人であった。
悪霊を追い出し、病人を癒し
力ある言葉を語り、
人の罪を赦していた。

「受難」は、妬みによるたくらみから始まった。
それも、神に仕える祭司長や
聖書に精通しているはずの律法学者たちによる
たくらみ。
「罪を赦すなど、神を冒涜した行為だ。」
それが彼らの論理だった。
彼らは神に仕えていると言いながら
神の御子であることが見えなかったのだ。
心の眼は完全に閉ざされていた。

彼らの妬みは、明確な殺意にまで達し
どうやったらイエスをだまして捕え
殺すことができるだろうか、と
一致して策略を練るまでになっていた。


「あなたがたは確かに聞きはするが、
 決して悟らない。
 確かに見てはいるが、決してわからない。
 この民の心は鈍くなり、 
 その耳は遠く、
 目はつぶっているからである。
 それは、彼らがその目で見、その耳で聞き、
 その心で悟って立ち返り、
 わたしにいやされることのないためである。」(マタイの福音書13:14,15)


(Kayoko)
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by tmbrs-3 | 2008-04-03 06:44 | Easter

2) 裏切り

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そのたくらみに、一躍買って出たのが
なんとイエスの十二弟子のひとり、ユダだった。

「彼をあなたがたに売るとしたら、
 いったいいくらくれますか。」
そうして、祭司長たちから銀貨30枚を受け取り
ユダはイエスを引き渡す機会をねらっていた。

イエスが十二弟子と最後の食卓を囲んでいた時だった。
「まことに、あなたがたに告げます。
 あなたがたのうちひとりが、わたしを裏切ります。」
「まさか、私のことではないでしょう。」
ひとりひとりが非常に悲しんでイエスに答えた。
ユダも同じように答えた。
「まさか私のことではないでしょう。」
イエスは彼に言った。
「いや、そうだ。」

その後、イエスはゲッセマネというところに
弟子たちと出掛けて行き、神に祈りをささげた。
これから起ころうとしているすべてを知っての
祈りだった。
そこに、ユダが登場した。
剣や棒を手にした大勢の群衆をひきつれて。
彼らは祭司長たちから差し向けられたものだった。
暗闇の中、弟子たちの中にいるイエスを
明確に彼らに示すユダの合図は
親愛の情をあらわす「口づけ」だった。

「先生、お元気で」ユダはイエスに口づけした。
イエスは答えた。「友よ。何のために来たのですか。」
直後、群衆はイエスを捕え、
弟子たちはみな、イエスを見捨てて
逃げてしまったのだった。



「あなたがたはみな、今夜、わたしのゆえにつまずきます。
 『わたしが羊飼いを打つ。すると、羊の群れは散り散りになる』
 と書いてあるからです。
 しかしわたしは、よみがえってから、あなたがたより先に、
 ガリラヤへ行きます。」(マタイの福音書26:31,32)

 
(Kayoko)
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by tmbrs-3 | 2008-04-03 06:43 | Easter

3) 神の子キリスト

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捕えられたイエスは
大祭司カヤパのところに連れて来られた。
そこには、宗教家たちが議会を開くために勢ぞろいし、
彼らは、最初からイエスを死刑にするために
偽証を求めていた。
それにより、偽証者が多く出たものの
証拠は何一つ出なかった。
その間、イエスは黙っていた。

「あなたは神の子キリストなのか、どうか。
 その答えを言いなさい。」

大祭司の最後の問いに
イエスは初めてその口を開いた。


「あなたの言うとおりです。
 なお、あなたがたに言っておきますが、今からのち
 人の子が、力ある方の右の座に着き、
 天から雲に乗ってくるのを、あなたがたは見ることになります。」


すると大祭司は憤りのあまり、着ていた衣を引き裂いて言った。
「神への冒涜だ。
 これでもまだ証人が必要でしょうか。
 あなたがたは、今、神をけがすことばを聞いたのです。
 どう考えますか。」
「死刑に当たる。」彼らは答えた。
そうして皆でイエスの顔につばきをかけ、こぶしでなぐりつけた。
また、平手打ちをしながら
「当ててみろ。キリスト。
 あなたを打ったのはだれか。」とあざける者たちもいた。

その様子を、固唾をのんで見ていた者がいた。
あとからひそかにつけてきた
弟子のペテロだった。


(Kayoko)
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by tmbrs-3 | 2008-04-03 06:43 | Easter

4) ペテロの否認

あとからひそかにつけて来て
議会での一部始終を、外の中庭で見ていたペテロ。
女中の一人が、彼に近づいてこう言った。
「あなたも、イエスといっしょにいましたね。」
とっさに彼は、打ち消して言った。
「何を言っているのか、私にはわからない」


実は、イエスが捕えられる直前に
弟子たちに告げたこと
『あなたがたはみな、今夜、わたしのゆえにつまずきます』
に対し、ペテロは豪語していたのだった。
「たとい全部の者があなたのゆえにつまずいても
 私は決してつまずきません。」と。


他の女中も彼を見て、そこにいる人々にこう言った。
「この人はイエスといっしょでした。」
ペテロはまたも打ち消し、誓って言った。
「そんな人は知らない。」
さらに、そのあたりにいる人々が彼に近寄り
「確かに、あなたもあの仲間だ。
 ことばのなまりではっきりわかる。」と言った。
今度は、のろいをかけて誓い始めた。
「そんな人は知らない。」
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すると、すぐに鶏が鳴いた。
と同時に、あのことばを思い出した。
『鶏が鳴く前に三度、
 あなたは、わたしを知らないと言います。』
そう、あの時豪語していたペテロに
語られたイエスのことばを。


自分の本当の姿を知ったペテロは
その場を離れ
ひとり、激しく泣いたのだった。


(Kayoko)
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by tmbrs-3 | 2008-04-03 06:43 | Easter

5) 判決

夜が明けて、議会に集まっていた者たちは
イエスを縛って連れ出し
総督ピラトに引き渡した。
死刑の審判を下させるために。

「あなたは、ユダヤ人の王ですか。」
総督はイエスに尋ねた。
「そのとおりです。」
イエスは答えた。
そののち、祭司長たちから多くの訴えがなされたが
それには一切答えなかった。
総督は促した。
「あんなにいろいろとあなたに不利な証言をしているのに
 聞こえないのですか。」
イエスは沈黙を保ったままだった。
それは、総督が心底驚くほどだった。

(ピラトは、イエスが彼らのねたみから
 引き渡されたことに気づいていた)

ところで、それはちょうどユダヤ人の祭りの期間でもあり
彼は、慣習に倣って群衆のために
望みの囚人を赦免しようと考えた。
「あなたがたは、だれを釈放してほしいのか。
 バラバか、それともキリストと呼ばれているイエスか。」
バラバとは、悪名高い囚人だった。
しかし、祭司長たちは群衆を説きつけ、彼らに言わせた。
「バラバだ。」
ピラトはもう一度きいた。
「あなたがたは、ふたりのうちどちらを釈放してほしいのか。」
「バラバだ。」
「では、キリストと言われているイエスを
 私はどのようにしようか。」
彼らはいっせいに言った。
「十字架につけろ。」
ピラトは問うた。
「あの人がどんな悪い事をしたと言うのか。」
しかし、彼らはそれに答えず、ますます激しく叫び続けた。
「十字架につけろ。」

e0105130_1123519.jpgピラトはとうとう匙を投げた。
自分ではどうしようもなく、暴動になるのを恐れたのだ。
彼は、群衆の目の前で手を洗い、言った。
「この人の血について、私には責任がない。
 自分たちで始末するがよい。」
すると彼らはこう言った。
「その人の血は、私たちや子どもたちの上にかかってもいい。」

そこで、ピラトはバラバを釈放し、
イエスをむち打ってから
十字架につけるために引き渡した。


(Kayoko)
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by tmbrs-3 | 2008-04-03 06:42 | Easter

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