One of TAMBOURINES

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馬小屋の飼い葉おけの中に

キリストの降誕は、ことごとく「常識破り」だと
否、「あり得ないこと」の連続だと
つくづく思う。

臨月のマリヤとヨセフは旅の途中にあった。
住民登録をせよ、との政府の命令により
ヨセフの故郷に帰らなければならなかったのだ。
宿はどこもいっぱいだった。
ふたりが最後にやっと入れてもらえたのは
ある宿屋の馬小屋だった。

暗い、悪臭さえする、不衛生なところ。
信じがたいことに、神の子キリストが最初に寝かせられたのは
動物の餌を入れるための、飼い葉おけの中だった。
何たることか。
最も高きところにおられる方が、最も低きところへ。
最も富んでおられる方が、最も貧しい姿に。
ひかりそのものでおられる方が、闇の中に。

それは、神のみこころであった。
人は、ひとり神の前に立たされるときが来る。
神の光に照らされたなら
誰が顔を上げて立つことができるだろう。
キリストは、人が神の赦しを得ることができるように
すべての人の罪の裁きを、身代わりに受けるために
この世に来てくださった。
「クリスマス」
それは、あらかじめ十字架にかかって死ぬことが
定められた生の誕生。

クリスマスおめでとう!
神の御子なるイエス・キリストは
人を罪から救うため、そして
馬小屋のように貧しく暗い、人の心の只中に
ともに住んでくださるために
今宵、お生まれになったのだから。


「すなわち、主は富んでおられたのに、あなたがたのために
 貧しくなられました。
 それは、あなたがたが、キリストの貧しさによって富むものとなるためです。」
 (コリント人への手紙第2  8:9)

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(Kayoko)
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by tmbrs-3 | 2006-12-26 00:25

いちばん初めのクリスマス

クリスマスページェント(降誕劇)に欠かせない脇役として
羊飼いたちがいる。
その彼らがいつものように羊の番をしていたある夜・・・。

突然神の栄光があたりを照らし、天の御使いが現れて
救い主の誕生を彼らに告げた。
「あなたがたは、布にくるまって
 飼い葉おけに寝ておられるみどりごを見つけます。」
(ルカの福音書2:12)

すると、たちまち、他の多くの天の軍勢も現れて
神を賛美し、天に帰っていたのだった。

e0105130_1333126.jpg彼らは恐れはしたが、互いに話し合い
この出来事を見に行くことに決めた。
そして急いで行って、
マリヤとヨセフと、飼い葉おけに寝ておられる
神の子キリストを捜し当てた。

そして彼らは、すべてが御使いによって
語られたとおりだったので
神を賛美しながら帰って行ったのである。

羊飼いたち。
前代未聞の神の子の誕生が
最初に告げられ、招待された彼らとは
実は、当時侮蔑されるような身分の低い者たちだったのだ。

お前なんか、と人からさげすまれている人
私なんて、と自分を卑下している人
あらゆる意味において
弱く、小さく、みじめな者たちのために
この救い主は
お生まれになった。

(Kayoko)
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by tmbrs-3 | 2006-12-23 22:34

”Let it be”

e0105130_1544051.jpgたとえビートルズファンでなくとも
広く人々の心に記憶されている名曲のひとつだ。

歌詞の一部を訳すと
“ 困難の最中、目をあげると聖母マリヤが現れて
  知恵の言葉を語った。「なすがままに」 と。 ”
となるだろうか。
(ちなみに、この歌詞では、マリヤが神格化されているきらいがあるが、それは置いておくとして。)

ところで、下記は聖書に記されている数少ないマリヤ自身のことばのひとつだ。

" I am the Lord's servent.
 Let it be to me as you have said "

訳すと、
「ほんとうに、私は主のはしためです。 
 どうぞ、あなたのおことばどおり、この身になりますように。」
 (ルカの福音書1:38)

これは前述のとおり乙女マリヤが、御使いから受胎告知を受けた直後の
彼女の応答のことばである。
ここで言うLet it beは
「なるようになる」、「明日は明日の風が吹く」、「ケセラセラ〜」などのように
解釈されるものではなく、
「あなたのおことばどおり」、すなわち、御使いをマリヤのもとに遣わした
「神」の「みこころがなるように」という意味になる。

私たちの人生は、偶然に始まって
偶然にどこかへ消えていくような
あってもなくてもいいようなものではない、と聖書は教えている。
神が、そのみこころによって創めてくださったゆえに
私たちの命は尊く
また、ひとりひとりの人生に対して
神はご計画を持っておられる、と言う。
ならば、そのみこころを知ることこそ、
真に私らしく生きる道となる、のではないだろうか。

(Kayoko)
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by tmbrs-3 | 2006-12-18 21:02 | Christmas

処女がみごもる

そんな馬鹿げた話が・・・
実際にあった、と証言しているのが聖書である。
(聖書の記述に、あとから人間的な「解釈」をつける人たちもいるが
 私個人は文面どおり受け取っている)

キリストの母、マリヤのことだ。
彼女はおそらくまだ10代の若い娘だった、と言われている。
ヨセフという男性と婚約中の身であった。
ある日、天の御使いが彼女のところに現れて
その事実を告知するのだった。

当時は、今日のような性のモラルが堕落しきった世の中では
想像だにしないような、厳しい戒律の中にあった。
未婚の母などは、さらし者になるような時代である。
このことを知ったヨセフは、彼女の身を案じて
内密に去らせよう考えていた。
そのようなとき、夢の中で同じように告げられるのだった。
恐れずに彼女を迎えよ、胎内に宿る子は聖霊によるのだ、と。
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このようにしてふたりは、命をかけて
この信じがたい受胎告知を受け入れ、結婚する。
しかも、キリストが誕生するまで
夫婦の関係を持つことがなかったというのだ。
これが、クリスマスストーリーの始まりである。

「神にとって不可能なことは一つもありません。」
(ルカの福音書1:37)


(Kayoko)
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by tmbrs-3 | 2006-12-17 23:07 | Christmas

クリスマスプレゼントⅢ

「生活団」のクリスマス会があり
例の贈り物が息子たちの手に渡った。

プログラムの最後のほうで、なにやら外に近づいてくる鈴の音・・・。
「何の音かしら?みんなで見に行ってみましょう。」
ここでサンタの登場か、と思いきや
いえいえ、それは大人の考えること
サンタは姿を子供に明かすなんて
野暮なことはしないのだった。

子供たちが勇んで行ってみると、外には大きな袋だけ。
うれしそうな顔でよいしょよいしょと皆で部屋に入れる。
先生が代表して開けてみると、天使からのお手紙が。
そして、ひとりひとりの名前が記され、リボンがかけられてある包み。
名前を呼ばれていい顔で受け取りに行く子供たち。
「じゃ、開けてみましょう。」
母たちもドキドキだ。
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子供たちの顔がぱあっと、さらに明るくなる。
みんな、自分だけの贈り物を思い思いに確かめている。
表情から、子供たちが喜んでいるのが伝わってくる。
苦しかった「夕鶴」体験が報われる瞬間だ。
考えてみれば、子供が喜びそう(と大人が考える)なおもちゃでもなく
子供にしてみれば、一体何のために使う何なのかも
わからないようなものである。
にもかかわらず、こんなにも喜んでくれるとは。


当たり前の話であるが、プレゼントは
受け取らなければ、その人のものにはならない。
どんなにすばらしいものが用意されていても
「受け取る」という、子供でも出来るとても小さなことを
その人がしなければ、ないも等しいのだ。

万物の創造主なる神が
私たちひとりひとりの名前を呼んで
用意されているプレゼントがある。


「目が見たことのないもの、
 耳が聞いたことのないもの、
 そして、人の心に思い浮かんだことのないもの。
 神を愛する者のために、
 神が備えてくださったものは、みなそうである。」
(第1コリント人への手紙2:9)


(Kayoko)
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by tmbrs-3 | 2006-12-14 02:11 | Christmas

クリスマスプレゼントⅡ

その「クリスマスプレゼント」が遂に完成した。
今まで、こんなに犠牲を払って誰かのために
贈り物を用意したことはなかった。
愛は、払う犠牲によって計ることが出来る、そうだが(笑)。
ところで、なぜプレゼントなのだろう。
クリスマスとはそもそもキリストの誕生日だ。
一体何が、そんなにおめでたくて互いにプレゼントを贈るのか。
クリスマスは、私にあなたに何の関係があるのか。


「きょうダビデの町で、あなたがたのために、救い主がお生まれになりました。
 この方こそ主キリストです。」(ルカの福音書2:11)

信じられないかもしれないが
聖書によると、神の子キリストがお生まれになったのは
あなたのため、私のため、と言うのだ。
そして、こうも書いてある。


「神は、実にそのひとり子をお与えになったほどに、
 世を愛された。…」


神はあなたを愛している、と言っている。
どれくらいの愛で?
そのひとり子をあなたに与えるほどに。
神は、ご自身の子なるキリストを
私たちへの贈り物とする、という
とてつもなく大きな犠牲を払われたのである。
それがクリスマスなのだ。
では、何のために?


「…それは、御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく
 永遠のいのちをもつためである。」(ヨハネの福音書3:16)


2006年の今年のクリスマス。
キリストがこの地に来られてから、2006回目の誕生日ということになる。
クリスチャンであろうとなかろうと
実は、このキリストの誕生を基準に
私たちの人生の月日が数えられていることに
気付かれただろうか。
今年のイブ12月24日は日曜日だ。
是非、教会に行って受け取っていただきたいと思う。
あなたのために用意されている
最高のクリスマスプレゼントを。

(Kayoko)
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by tmbrs-3 | 2006-12-10 23:06 | Christmas

クリスマスプレゼントⅠ

息子の通っている「生活団」では
子供へのクリスマスプレゼントとしての
「冬の課題」が母たちに与えられる。
我が子が、色とりどりのポスターカラーと筆で
自由自在に描いた絵をテキストに刺しあげる
スキルマット(毛足の長い座布団)というものだ。

私個人のライフ設計の中には、「手芸」という文字などは
あり得ないはずであった。
少なくとも先月までは。
それが、ここに来てである。
聞くところによると、一昔前に流行った手芸らしいが
3,5センチの長さに切り揃えたアクリル毛糸を
タッピという器具を使って、ひたすら網目のマットに
一本一本引っ掛けては結んでいくのである。

さらにお約束として、作業しているところを決して
子供に見られてはならないのだ。
毛糸一本落ちているのさえ見つかってはいけない。
まさに、「夕鶴」モノである。

さあ、子供を寝かしつけてからやろうと
何度一緒に寝過ごしたことか。
子育て中の方ならわかっていただけると思うが
幼児と共に一日を過ごすと、何もしていないようで
ものすごーく疲れるのだ。
子供の寝る時間は母も寝る時間なのだ。

夜の10時に目覚ましで起き
夜のお供を用意して、刺し続けること3時間。
気がつくと、肩も腰もがちがちになっている。
こんなにやったぞ~!、と思うも
実際にはわずかしか進んでいない現実に
クラクラめまいがしそうだ。


つづく。

(Kayoko)
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by tmbrs-3 | 2006-12-08 16:37 | Christmas

恩師その2

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なつかしいなぁ、その話・・・。
今でもそのシチュエーションは覚えてるよ。
・・・事務室で私、号泣したんだよね(爆)
今でもH師にお会いすると
「そういえば、昔、私が泣かせましたよね」
と言われます・・・(^_^;

いえ、泣かせていただいて良かったのです・・・大切なことだったのだから。
そして、言われたことを抱きつつ、一歩一歩前に進まさせていただいてるから。

心地よい言葉ばかりではなく、
本当に必要なことをはっきりと言ってくれる。
そして、言いっぱなしにしない。
H師の他にも、そういう方々が神によって私たちに与えられていることを
心から感謝してます。

(Sayo)
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by tmbrs-3 | 2006-12-06 21:48 | Our history

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