One of TAMBOURINES

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恩師

3人には共通の恩師がいる。
元H教会牧師のH師だ。
KayokoとATは師から洗礼を授けていただき
AtとSayoの結婚式のメッセージ、まっちゃんとKayokoの結婚式の証人
(仲人のようなもの)をしていただいた。
公私に渡り深く関わってくださった方である。
さらに加えて、タンバリンズにとっても恩師なのだ。
処女作「祈り」が出来あがり、その感想を伺ったことがあった。
今思うと、子供が自作の品を、無邪気に「ねぇ見て、見て!」
というのに近いものがあったかもしれない。

「何でも率直に言ってください!」

人に感想を求めるとき、あらゆる類の意見に対する心構えができてないといけない。
まずはその認識が欠けていた。
返ってきた言葉は、私たちが心の中で期待していた「褒め言葉」とは
およそ違うものだった。

「人の罪の深さと、キリストの十字架と復活による救いの恵みが
 もっと表される歌詞とメロディーがほしい。」

そんな内容だったと記憶している。
未熟者の我々は、少なからずショックだった。
意味はわかるが、ではそれをどう具現化したらよいのか
まったく検討もつかなかった。
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時を経て、今はわかる。
師が何を言わんとしていたか。
そして心から感謝している。
そこまでの言葉を、あえて言ってくださった裏に
タンバリンズに対する期待と、真の励ましがあったことを。
  
「ですから、あなたがたは偽りを捨て、
 おのおの隣人に対して真実を語りなさい。」(エペソ人への手紙4:25)
 
 

(Kayoko)
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by tmbrs-3 | 2006-11-30 03:38 | Our history

ひとりね

我が家には、来年2月に4歳になる息子がいる。
彼は、今年の春から一風変わった「幼稚園」に通っている。
その名も「生活団」という、(レトロなネーミングが素敵な)ところである。
名は体を表すと言うその名の通り、そこでは
幼児が日常生活の中で、いろいろなことを
ひとりですることができるようになることを
目標の一つとしている。
おかげで手洗い、パンツ履き、ぶくぶくうがいなどから始まり
この半年間でさまざまなことがひとりでできるようになり
親としてはうれしい限りである。
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しかし、ここに来て壁にぶち当たってしまったのだ。
それもかなり大きいやつに。
先日のお迎え時、大泣きで私のところに駆け寄ってきた息子。
一体何があったのか?けんかでもしたか?
想像が錯綜する。

「先生にね、ひとりでねましょうって言われた!」
要するに、夜お母さんに「おやすみ」を言って
ひとりで布団に入り、朝まで寝ることを言う。
ここで、3歳児にひとりねをさせることの賛否はあるだろう。
外国では赤ちゃんのときから別室で、と言う話もあるようだが。
とにかく、彼にとっては天変地異、あり得ないことのようだ。
母にとってだって、いつかは、とは知りつつも
こんなに早く?という戸惑いはある。

それから2週間ほどたっているが、一度だって実現はしていない。
「ひとりね」のキーワードを出そうものなら
激しい抵抗にあってしまうのだ。
ここはひとつ、焦らず様子をみて待つことにした。
彼の「時」が来るのを。

それにしても、我々が何の疑問もなく当たり前にしている事の中に
いかに多くの「巣立ち」が隠されていたのかと
人の成長の過程の痛みと地道さを、育児を通して改めて
再確認させられている今日この頃だった・・・。

(Kayoko)
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by tmbrs-3 | 2006-11-20 02:50

思いがけない贈り物

タンバリンズの3人は、どちらかと言うと、
自分たちの身の程をあれこれと考え過ぎて
行動に移せないことが多い(不精と言う面も多々あるのだが)。
そんな私たちに対して、神は様々な人を通して励ましてくださることがある。

CD制作にあたり、自称「バカポジ」の夫・まっちゃんは
タンバリンズのデモテープを
手あたり次第、思いつく音楽事務所などに送っていた。
そしてそれは、2つの形で実を結んだ。

ひとつは、その当時矢野顕子さんのマネージャーをされていたN氏との出会い。
たくさん送った中で返事をいただけた唯一の方。
N氏は、どこぞの馬の骨とも知れぬ我々のためにわざわざ時間を割いて、
具体的なアドバイスと励ましをくださった。

「とにかく、こだわりすぎずに今あるものを形にしなさい。
 そうすれば次のステップが見えてくるから。
 ぼくはタンバリンズ好きだな。」

私たちにとって、これ以上の後押しはなかった。
ATがミックスダウンした音のマスタリングも、
N氏が紹介してくださったOrangeのK女史にやっていただき、
私たちが想像していた以上の、透明感にあふれるCDとなった。
全く無名の私たちに誠意を持って対応してくださった氏の姿に
振り返って再び教えられる思いである。

もうひとつはFMラジオJ−WAVEでのオンエア。
当時、未発表の作品を募集するコーナーがありそこで採用された。
さらにはリスナーからのリクエストにより再度流していただいたということが、
その番組を聴いていたまっちゃんの友人によって教えられた。
私たちが直接関わっていないところで、
タンバリンズの曲が動き始めた瞬間だった。


CD完成後、夫を真似て尊敬するアーティストたちにCDを送った。
作品の感想をいただこうと。恥も外聞もなく。
そしてある日の夕方、電話が鳴った。
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「あーもしもし、谷川俊太郎ですけど」
!?

声からして紛れもないご本人からだった。
「今度是非あそびにいらっしゃい。
 僕の息子のグループとも話が合うと思うよ。」
残念ながら、その話は実現してはいないが、確実に励ましをいただいた。

私たちが先に進むための、神からの思いがけない贈り物だったと、今は思う。

(Kayoko)
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by tmbrs-3 | 2006-11-13 02:25 | Our history

器用。

元々ギタリストであったATはベースも多少は弾けるが、
彼のお仕事はドラムスである。
しかし、先のレコーディングでは、ドラム以外に、エンジニアを務めた。
ミックスダウンもすべて彼の手によるものだった。
マスタリングを担当した方に
「どういう音にしたいのかがわかるミックス」と言わしめた彼の、
もうひとつの驚くべきわざ、
それが彼の「器用さ」である。
一緒に住む者として、その器用さに感嘆したことは一度や二度ではない。

e0105130_8351143.jpg写真は、そんな彼が、
Kayokoの歌入れで発生するエアーノイズを
カットするために作ったカットフィルター。
針金ハンガーと黒いストッキングで作り、
それをシンバルスタンドにつけた。
極力コストを下げたレコーディングであったとはいえ、
また「ストッキングでできるって知っていたし」とは言うものの、ちょちょいのちょい、で作ってしまった。
ハンガーはその役割を立派に果たしたのであーる。
あっぱれ。

(Sayo)
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by tmbrs-3 | 2006-11-12 08:46 | Our history

転機

人生には転機が訪れる。
タンバリンズにも転機が何度か訪れている。
1度目は先に書いたATの洗礼に続くジャンボリー出演(ゴスペルバンドとなる)である。
2度目はKayokoの結婚・上京により、「遠距離バンド」になってしまったことである。
活動のことを考えたとき、このことはマイナス要因であったことは間違いない。
ところが、ここに来て「オリジナルCD自主制作案」を提案したのが
我が夫こと、まっちゃんだった
(写真:Sayoの土産を食する2006年春まっちゃんの図)

e0105130_0304053.jpg彼は自称「バカポジ」と言うだけあって、
どんなこともプラスにしか考えない
これまたスバラシイ人なのであった。

CD制作・・・そんなことは考えたこともなかった。
少なくとも3人の発想には全くないことであった。
1998年、言われるままに、尻をたたかれ、たたかれ
やれるだけやってみた(写真は98年当時)
コスト削減のため、自分たちで録音機材を購入し、説明書片手にATが操作した。e0105130_3314070.jpg
スタジオなどはとても借りられる状況になく、H教会の礼拝堂と札幌芸術の森の大練習室を録音場所とさせて頂いた。e0105130_3311136.jpg



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ATとSayoの子供たちが(お察しの方もいらっしゃるでしょうが2人は夫婦なのです)まだ小さく、涙をのんで預けながらのレコーディングだったし、遠距離ゆえのトラブルも少なからずあった。

しかし、やってみると予期せぬサプライズも多々あって
そのうちのひとつが先の愛子ちゃんによるCDジャケだった。




たまたま彼女の家に招かれ夫婦で訪れた際
壁にかかっていたいくつかのオリジナル作品に
目を留めたまっちゃんのひらめきからだった。
二つ返事で引き受けてくれ
出来上がった作品に、4人静かな感動に包まれたものだった。
  
「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、
 神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、
 私たちは知っています。」(ローマ人への手紙8:28)

(Kayoko)
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by tmbrs-3 | 2006-11-08 23:52 | Our history

ロゴ

このブログの「ロゴ」として使っている右上の絵・・・
これ、実は「切り絵」なんです。
Kayoko友人の愛子ちゃんが、
1stCDのジャケットのためにと、タンバリンをモチーフにして作ってくれました。

ほら、よく見ると・・・・・・・・・・・・タンバリンがあるでしょ?

この下絵を見せてもらったときの感動は、今も覚えてる。
これしかない、これ以外になにがあろうか!
と両こぶしを握っちゃうぐらいの静かな感動と確信。
広がっていく音の波が聴こえてくるような感覚。
愛子ちゃんを通して、神様がプレゼントしてくれた、そう思った。

いいものは年月を越え、今もせまってくる。
私たちも、そういうものを作っていきたいね。

(Sayo)
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by tmbrs-3 | 2006-11-08 15:59

曲作り

1stCD(ということは2ndも間近か?!)のオリジナル曲はほとんどが
作詞Kayoko、作曲Sayo担当である
聴いてくださった方たちからは、よく「メロディーと歌詞がぴったり」
との感想を頂いていた。
「歌詞と曲ではどちらが先なんですか?」
はい、曲です。

予め二人でテーマを決めるわけではない。
Sayoの中に浮かんでくるもの、イメージが音になる。
録音されたカセットテープ(時代を感じさせるね)を持ち帰り
ひとり何度も聴いているうちに、Kayokoの中に
あるテーマが浮かんできて、フレーズがことばになっていく。
その作業は、例えると水の中にどんどん潜っていくかのよう。
苦しいけど、楽しい。
そしてが最後にATのドラムが加わると、世界が一気に広がるのだ。
平面が立体になるように。
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私が思うに、Sayoの曲はとても詩的であり
ATのドラムは豊かに歌うのだ。

(Kayoko)
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by tmbrs-3 | 2006-11-07 00:47 | Our history

私の父は現在、圧迫骨折で背骨にひびが入り、思うように動くことができない。
また、認知症である。
この間実家に遊びに行ったら、
しばら〜くしてから「なんだ、Sayoか」と言われた(笑)
でも帰る頃には、遊びに来てくれた人(ヘルパーさん?)と思ったらしい。
「どこから来たの?」
「あの子たちはあなたのお子さん?」(あなたの孫ですよー)
「あなたのお父さんお母さんは元気?」(あなたですよー)

私が「お子さんいらっしゃるんですか?」と聞いたら、
「いや・・・僕にはいないなぁ」(爆)

ちょうどその日は、どうも彼が結婚する前の記憶の中にいたらしく、
しきりと彼の妹の名前を呼んでいた。
母や子どもたちと一緒に「主われを愛す(Jesus Loves Me)」を歌い、
まだクリスチャンではない彼が、
すべての源である神を知ることができるよう祈って、帰って来た。


人間の記憶力は不思議だね。
60年位前の記憶の引き出しがいきなり開いてしまう。
そして、他の記憶は閉まったまま。
3分前のことも閉まったまま。


そのような状態の父にもGood News(福音)が届くよう信じ、期待していきたい。
彼が真の平安を得るために。
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(Sayo)
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by tmbrs-3 | 2006-11-06 14:38

活動開始

e0105130_13115218.jpg「ゴスペル・ミュージック・ジャンボリー」出演をきっかけに札幌市内・近郊の諸教会から演奏依頼を受けるようになっていった。 (*写真は1993年苫小牧の教会で。当時ATはベースも担当した)
今思うと、当時は技術的にも信仰の面でも、未熟者に過ぎない者たちに
そんなふうにお声をかけて頂けたことは、
本当にありがたいことだと
ただただ感謝の気持ちでいっっぱいになる。

初めて教会に招かれて演奏する機会を通して3人は、
それまでの演奏では感じたことのない「何か新しいもの」を体験していった。
自分たちのあらゆる足りなさにもかかわらず
聴いてくださる方たちの表情に見えるもの、
単にうまいとか、下手とか言うような評価によるものではなく
私たちの力を超えたところに存在する方から来るもの
それは、その空間に満ちていて、演奏する者の上にも、聴いてくださる方の上にも
等しく働いて与えられるものであった。

そのような感動に突き動かされるように
新しい曲が次々と出来ていった。

「静まると」、「ひかり」、「I thank You」・・・

(Kayoko)
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by tmbrs-3 | 2006-11-05 22:27 | Our history

タンバリンズのVocalから


by tmbrs-3
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