One of TAMBOURINES

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カテゴリ:Our history( 12 )

着うたフル

タンバリンズは、Sayo以外の2人は「超」のつくほどアナログ人間だ。
ATがブログに登場しないのは、PCを触ることが殆どないからだし
Kayokoはケータイをごく最近まで持っていなかった。
(いまだに自分の番号を記憶しておらず
夫と外で待ち合わせするとき以外、使ったことがない)
そんな我々に「着うたフル」配信のオファーが来たのも
もう一つの、突然降ってきたような出来事であった。

不思議なタイミングだった。
前述の、’05年のコンサート依頼をお受けするに際して
3人で祈るためにKayokoは帰省していた。
ほんの数時間のミーティングと祈りのときだった。
そこで我々が祈った内容は
神のみ(とまっちゃん)が知ることだった。
驚いたのは
その直後のタイミングだったから。
神の前の密かな決意はきかれる、と思った。

e0105130_947183.jpg 以前から交流を頂いている
ゴスペルシンガーの
岩渕まことさんの奥様からだった。
’98年に自主制作したタンバリンズのCDから、との。
リリースからかれこれ7年もたっていて
当の本人たちも忘れかけていたところに、であった。

「あなたは、祈るときには自分の奥まった部屋にはいりなさい。 
 そして、戸をしめて、隠れた所におられるあなたの父に祈りなさい。
 そうすれば、隠れた所で見ておられるあなたの父が、 
 あなたに報いてくださいます。」
 (マタイの福音書6:6)

(kayoko)
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by tmbrs-3 | 2007-03-07 02:29 | Our history

転機 Ⅱ

タンバリンズにとって3度目の転機は、’05年に訪れた。
メンバーが札幌ー東京と、離れること約10年。
それぞれの生活、仕事、教会の奉仕などに没頭する日々。
「タンバリンズ」は隅へ追いやられ
もはや再スタートする力を失っていた。
そんな中、突然降ってきたような出来事が
H教会の婦人会主催クリスマスコンサート出演依頼だった。

「…できるのか?」
3人は戸惑いを隠せなかったが
それぞれが神に祈り、結局お受けすることにした。
何度かKayokoは帰省し、3人で合わせる時を重ねた。
その度に、長いこと離れていたことから生ずる「ズレ」に困惑させられた。
が同時に、一つにされることを祈る中
見出した豊かさもあった。
そのようにして徐々にではあるが
互いの成長を喜ぶことができるようになっていった。

さらに、練習のため10月に帰省していたことが
H教会の創立50周年記念祝会での演奏へと導かれた。
思いがけないプレゼントであった。
この機会によって、タンバリンズがどこから来たのか
もう一度自分たち自身、深く確認させられることとなった。
思えば出会った頃は、単なる好みの一致で気の向くままに
自己満足の世界を共有していたような者たちである。
それが、神を賛美する「ゴスペルバンド」に変えられたのだから。

かつてH教会で産声をあげたこのバンドが
年月を経てその故郷に戻され、再スタートする力を得た。
タイムリーに与えられた聖書のことばが
最後の後押しとなった。
もうひとりの恩師Ha.師のメッセージからだった。

「権力によらず、能力によらず、わたし(神)の霊によって。」
 (ゼカリヤ書4:6)

(kayoko)
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by tmbrs-3 | 2007-03-03 02:48 | Our history

恩師その2

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なつかしいなぁ、その話・・・。
今でもそのシチュエーションは覚えてるよ。
・・・事務室で私、号泣したんだよね(爆)
今でもH師にお会いすると
「そういえば、昔、私が泣かせましたよね」
と言われます・・・(^_^;

いえ、泣かせていただいて良かったのです・・・大切なことだったのだから。
そして、言われたことを抱きつつ、一歩一歩前に進まさせていただいてるから。

心地よい言葉ばかりではなく、
本当に必要なことをはっきりと言ってくれる。
そして、言いっぱなしにしない。
H師の他にも、そういう方々が神によって私たちに与えられていることを
心から感謝してます。

(Sayo)
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by tmbrs-3 | 2006-12-06 21:48 | Our history

恩師

3人には共通の恩師がいる。
元H教会牧師のH師だ。
KayokoとATは師から洗礼を授けていただき
AtとSayoの結婚式のメッセージ、まっちゃんとKayokoの結婚式の証人
(仲人のようなもの)をしていただいた。
公私に渡り深く関わってくださった方である。
さらに加えて、タンバリンズにとっても恩師なのだ。
処女作「祈り」が出来あがり、その感想を伺ったことがあった。
今思うと、子供が自作の品を、無邪気に「ねぇ見て、見て!」
というのに近いものがあったかもしれない。

「何でも率直に言ってください!」

人に感想を求めるとき、あらゆる類の意見に対する心構えができてないといけない。
まずはその認識が欠けていた。
返ってきた言葉は、私たちが心の中で期待していた「褒め言葉」とは
およそ違うものだった。

「人の罪の深さと、キリストの十字架と復活による救いの恵みが
 もっと表される歌詞とメロディーがほしい。」

そんな内容だったと記憶している。
未熟者の我々は、少なからずショックだった。
意味はわかるが、ではそれをどう具現化したらよいのか
まったく検討もつかなかった。
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時を経て、今はわかる。
師が何を言わんとしていたか。
そして心から感謝している。
そこまでの言葉を、あえて言ってくださった裏に
タンバリンズに対する期待と、真の励ましがあったことを。
  
「ですから、あなたがたは偽りを捨て、
 おのおの隣人に対して真実を語りなさい。」(エペソ人への手紙4:25)
 
 

(Kayoko)
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by tmbrs-3 | 2006-11-30 03:38 | Our history

思いがけない贈り物

タンバリンズの3人は、どちらかと言うと、
自分たちの身の程をあれこれと考え過ぎて
行動に移せないことが多い(不精と言う面も多々あるのだが)。
そんな私たちに対して、神は様々な人を通して励ましてくださることがある。

CD制作にあたり、自称「バカポジ」の夫・まっちゃんは
タンバリンズのデモテープを
手あたり次第、思いつく音楽事務所などに送っていた。
そしてそれは、2つの形で実を結んだ。

ひとつは、その当時矢野顕子さんのマネージャーをされていたN氏との出会い。
たくさん送った中で返事をいただけた唯一の方。
N氏は、どこぞの馬の骨とも知れぬ我々のためにわざわざ時間を割いて、
具体的なアドバイスと励ましをくださった。

「とにかく、こだわりすぎずに今あるものを形にしなさい。
 そうすれば次のステップが見えてくるから。
 ぼくはタンバリンズ好きだな。」

私たちにとって、これ以上の後押しはなかった。
ATがミックスダウンした音のマスタリングも、
N氏が紹介してくださったOrangeのK女史にやっていただき、
私たちが想像していた以上の、透明感にあふれるCDとなった。
全く無名の私たちに誠意を持って対応してくださった氏の姿に
振り返って再び教えられる思いである。

もうひとつはFMラジオJ−WAVEでのオンエア。
当時、未発表の作品を募集するコーナーがありそこで採用された。
さらにはリスナーからのリクエストにより再度流していただいたということが、
その番組を聴いていたまっちゃんの友人によって教えられた。
私たちが直接関わっていないところで、
タンバリンズの曲が動き始めた瞬間だった。


CD完成後、夫を真似て尊敬するアーティストたちにCDを送った。
作品の感想をいただこうと。恥も外聞もなく。
そしてある日の夕方、電話が鳴った。
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「あーもしもし、谷川俊太郎ですけど」
!?

声からして紛れもないご本人からだった。
「今度是非あそびにいらっしゃい。
 僕の息子のグループとも話が合うと思うよ。」
残念ながら、その話は実現してはいないが、確実に励ましをいただいた。

私たちが先に進むための、神からの思いがけない贈り物だったと、今は思う。

(Kayoko)
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by tmbrs-3 | 2006-11-13 02:25 | Our history

器用。

元々ギタリストであったATはベースも多少は弾けるが、
彼のお仕事はドラムスである。
しかし、先のレコーディングでは、ドラム以外に、エンジニアを務めた。
ミックスダウンもすべて彼の手によるものだった。
マスタリングを担当した方に
「どういう音にしたいのかがわかるミックス」と言わしめた彼の、
もうひとつの驚くべきわざ、
それが彼の「器用さ」である。
一緒に住む者として、その器用さに感嘆したことは一度や二度ではない。

e0105130_8351143.jpg写真は、そんな彼が、
Kayokoの歌入れで発生するエアーノイズを
カットするために作ったカットフィルター。
針金ハンガーと黒いストッキングで作り、
それをシンバルスタンドにつけた。
極力コストを下げたレコーディングであったとはいえ、
また「ストッキングでできるって知っていたし」とは言うものの、ちょちょいのちょい、で作ってしまった。
ハンガーはその役割を立派に果たしたのであーる。
あっぱれ。

(Sayo)
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by tmbrs-3 | 2006-11-12 08:46 | Our history

転機

人生には転機が訪れる。
タンバリンズにも転機が何度か訪れている。
1度目は先に書いたATの洗礼に続くジャンボリー出演(ゴスペルバンドとなる)である。
2度目はKayokoの結婚・上京により、「遠距離バンド」になってしまったことである。
活動のことを考えたとき、このことはマイナス要因であったことは間違いない。
ところが、ここに来て「オリジナルCD自主制作案」を提案したのが
我が夫こと、まっちゃんだった
(写真:Sayoの土産を食する2006年春まっちゃんの図)

e0105130_0304053.jpg彼は自称「バカポジ」と言うだけあって、
どんなこともプラスにしか考えない
これまたスバラシイ人なのであった。

CD制作・・・そんなことは考えたこともなかった。
少なくとも3人の発想には全くないことであった。
1998年、言われるままに、尻をたたかれ、たたかれ
やれるだけやってみた(写真は98年当時)
コスト削減のため、自分たちで録音機材を購入し、説明書片手にATが操作した。e0105130_3314070.jpg
スタジオなどはとても借りられる状況になく、H教会の礼拝堂と札幌芸術の森の大練習室を録音場所とさせて頂いた。e0105130_3311136.jpg



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ATとSayoの子供たちが(お察しの方もいらっしゃるでしょうが2人は夫婦なのです)まだ小さく、涙をのんで預けながらのレコーディングだったし、遠距離ゆえのトラブルも少なからずあった。

しかし、やってみると予期せぬサプライズも多々あって
そのうちのひとつが先の愛子ちゃんによるCDジャケだった。




たまたま彼女の家に招かれ夫婦で訪れた際
壁にかかっていたいくつかのオリジナル作品に
目を留めたまっちゃんのひらめきからだった。
二つ返事で引き受けてくれ
出来上がった作品に、4人静かな感動に包まれたものだった。
  
「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、
 神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、
 私たちは知っています。」(ローマ人への手紙8:28)

(Kayoko)
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by tmbrs-3 | 2006-11-08 23:52 | Our history

曲作り

1stCD(ということは2ndも間近か?!)のオリジナル曲はほとんどが
作詞Kayoko、作曲Sayo担当である
聴いてくださった方たちからは、よく「メロディーと歌詞がぴったり」
との感想を頂いていた。
「歌詞と曲ではどちらが先なんですか?」
はい、曲です。

予め二人でテーマを決めるわけではない。
Sayoの中に浮かんでくるもの、イメージが音になる。
録音されたカセットテープ(時代を感じさせるね)を持ち帰り
ひとり何度も聴いているうちに、Kayokoの中に
あるテーマが浮かんできて、フレーズがことばになっていく。
その作業は、例えると水の中にどんどん潜っていくかのよう。
苦しいけど、楽しい。
そしてが最後にATのドラムが加わると、世界が一気に広がるのだ。
平面が立体になるように。
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私が思うに、Sayoの曲はとても詩的であり
ATのドラムは豊かに歌うのだ。

(Kayoko)
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by tmbrs-3 | 2006-11-07 00:47 | Our history

活動開始

e0105130_13115218.jpg「ゴスペル・ミュージック・ジャンボリー」出演をきっかけに札幌市内・近郊の諸教会から演奏依頼を受けるようになっていった。 (*写真は1993年苫小牧の教会で。当時ATはベースも担当した)
今思うと、当時は技術的にも信仰の面でも、未熟者に過ぎない者たちに
そんなふうにお声をかけて頂けたことは、
本当にありがたいことだと
ただただ感謝の気持ちでいっっぱいになる。

初めて教会に招かれて演奏する機会を通して3人は、
それまでの演奏では感じたことのない「何か新しいもの」を体験していった。
自分たちのあらゆる足りなさにもかかわらず
聴いてくださる方たちの表情に見えるもの、
単にうまいとか、下手とか言うような評価によるものではなく
私たちの力を超えたところに存在する方から来るもの
それは、その空間に満ちていて、演奏する者の上にも、聴いてくださる方の上にも
等しく働いて与えられるものであった。

そのような感動に突き動かされるように
新しい曲が次々と出来ていった。

「静まると」、「ひかり」、「I thank You」・・・

(Kayoko)
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by tmbrs-3 | 2006-11-05 22:27 | Our history

祈り

e0105130_1242774.jpgKayokoは両親がクリスチャンの家庭に生まれ育ち
高校生のときに洗礼を受け
H教会に集っていた。
Sayoは母がクリスチャンの家庭に生まれ育ち
高校生のときにホームステイしていたアメリカで洗礼を受け
帰国後は教会から離れていた。
ATはクリスチャンとは無関係の家庭に生まれ育ち
大学卒業後、Sayoと一緒にH教会に集うようになり
洗礼を受けた。

それから間もなく、「ゴスペル・ミュージック・ジャンボリー」という
アマチュアのクリスチャン・ミュージシャンによる作品を
募集・発表する音楽祭の開催を知った。
そこにタンバリンズは応募すべく、「新しい」曲作りに取り組んだ。

そばでSayoが弾く曲のモチーフを聴きながらKayokoは
搾り出すようにして言葉を並べた。
そうして出来上がった歌詞は
それ以外、表しようのなかった「精一杯」のものであった。
なぜなら、それが当時の心を映し出す
「祈り」そのものであったから。

       祈り

       澄みわたるいずみに 心映す
       荒れ果てた旅路を 終わらせたまえ
       癒されぬこの身に 恵みの光を
       とこしえに変わらず 注ぎたまえ

       癒されぬこの身に いのちのことばを
       とこしえに変わらず 与えたまえ

       さやかに

このようにして
「新しい」タンバリンズが誕生した。
  
「あなたがたの心を神の御前に注ぎだせ。」(詩篇62:8)

(Kayoko)
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by tmbrs-3 | 2006-10-25 22:58 | Our history

タンバリンズのVocalから


by tmbrs-3
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