One of TAMBOURINES

psalm150.exblog.jp ブログトップ

1) 受難週

e0105130_22215537.jpg

「受難週」とは、
キリストが、十字架につけられるまでの
苦しみの道のりを覚える週である。

イエスは時の人であった。
悪霊を追い出し、病人を癒し
力ある言葉を語り、
人の罪を赦していた。

「受難」は、妬みによるたくらみから始まった。
それも、神に仕える祭司長や
聖書に精通しているはずの律法学者たちによる
たくらみ。
「罪を赦すなど、神を冒涜した行為だ。」
それが彼らの論理だった。
彼らは神に仕えていると言いながら
神の御子であることが見えなかったのだ。
心の眼は完全に閉ざされていた。

彼らの妬みは、明確な殺意にまで達し
どうやったらイエスをだまして捕え
殺すことができるだろうか、と
一致して策略を練るまでになっていた。


「あなたがたは確かに聞きはするが、
 決して悟らない。
 確かに見てはいるが、決してわからない。
 この民の心は鈍くなり、 
 その耳は遠く、
 目はつぶっているからである。
 それは、彼らがその目で見、その耳で聞き、
 その心で悟って立ち返り、
 わたしにいやされることのないためである。」(マタイの福音書13:14,15)


(Kayoko)
[PR]
by tmbrs-3 | 2008-04-03 06:44 | Easter

タンバリンズのVocalから


by tmbrs-3
クリエイティビティを刺激するポータル homepage.excite