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十字架 Ⅰ

アクセサリーとしては、不動の人気を獲得しているもののひとつ。
カトリックのシスターから、ロックスターに至るまで
実に幅広い層に支持されている比類なきデザインとも言える。
しかし、よーく考えてみていただきたい。
十字架とは、要するに「死刑の道具」ではないか。
電気椅子や首吊り台を、耳に、首に、ぶら下げているようなものだ。
そんな人はいない。
では何故、十字架だけがここまで
人々に愛されるものとなり得たのだろうか。

今週は「受難週」(キリストの受難を覚える一週間)であった。
キリストが、この地上での「人の子」としての生涯を閉じたのが
この十字架上であった。e0105130_23282751.jpg
当時、最も重い犯罪人に処せられる
最も残酷な刑である。
両手両足を、木に釘で打ち付けられ
長時間にわたり苦しみもだえ
ひと思いに死ぬことを許されない。

キリストは罪を犯したことがなかった。
神のひとり子であるゆえ
犯すはずもなかった。
にもかかわらず、である。
地上最大、史上最大の「理不尽」である。
しかし、これこそが、聖書の神の
私たちひとりひとりへの
最大の愛の現れなのだ。


「しかし、彼は(キリスト)、
 私たちのそむきの罪のために刺し通され、
 私たちの咎のために砕かれた。
 彼への懲らしめがわたしたちに平安をもたらし、
 彼の打ち傷によって、私たちはいやされた。
 私たちはみな、羊のようにさまよい、
 おのおの、自分勝手な道に向かって行った。
 しかし、主は、私たちすべての咎を
 彼に追わせた。」    (イザヤ書53:4-6)


(Kayoko)
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by tmbrs-3 | 2007-04-07 22:24

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