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またお逢いする日まで

e0105130_9215863.jpg’07年1月2日、H教会にて
Sayoのお父さんの前夜式が執り行われた。
式の中で、私のような者が
お父さんとの思い出を、語らせて頂く事となった。
もう一度、昨夏の出来事を思い巡らせていたとき
私は、ひとつのことを新たに思った。

あの日、私は「始まり」だと思っていた。
お父さんと神との出会いの。
しかし、神は、そのままでお父さんを天に召された。

(そうか、神はもう良しとされたのだ。
 神は、あの時にすでに「完了された」のだ)


お父さんは、重度の認知症を患っておられた。
時には、Sayoのことすら判らなくなってしまうほどに。
そのお父さんが、あの日耳にされた賛美歌を
「なつかしい」と、おっしゃったのだ。
神が、お父さんの心を開いてくださったのだ。
さらに、子供のような泣き顔で、「行きたかった!(教会に)」と
長い間、誰にも明かされることなく
心の奥深く隠されていた求めのことばを
告白されたのだ。
その場にいた私たちが、耳にした求めの声を
神が、聞き逃すようなことがあろうか。

「求めなさい。そうすれば与えられます。」
 (マタイの福音書7:7a)

あの日、ご自宅のベッドに寝たきりの状態だったお父さん。
その願いは、もうこの地上では叶うことがなかった。
しかし、今私は信じている。
憐れみ深く、全知全能なる神が、その求めに応えられ
終に連れて行ってくださったのだ、と。
天の御国にある、聖く傷のない
完璧な教会に。

「神のなさることは、すべて時にかなって美しい。
 神はまた、人の心に永遠を与えられた。
 しかし人は、神が行われるみわざを、
 初めから終わりまで見きわめることができない。」  
 (伝道者の書3:11)

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(kayoko)
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by tmbrs-3 | 2007-02-06 16:03

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