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クリスマスプレゼントⅢ

「生活団」のクリスマス会があり
例の贈り物が息子たちの手に渡った。

プログラムの最後のほうで、なにやら外に近づいてくる鈴の音・・・。
「何の音かしら?みんなで見に行ってみましょう。」
ここでサンタの登場か、と思いきや
いえいえ、それは大人の考えること
サンタは姿を子供に明かすなんて
野暮なことはしないのだった。

子供たちが勇んで行ってみると、外には大きな袋だけ。
うれしそうな顔でよいしょよいしょと皆で部屋に入れる。
先生が代表して開けてみると、天使からのお手紙が。
そして、ひとりひとりの名前が記され、リボンがかけられてある包み。
名前を呼ばれていい顔で受け取りに行く子供たち。
「じゃ、開けてみましょう。」
母たちもドキドキだ。
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子供たちの顔がぱあっと、さらに明るくなる。
みんな、自分だけの贈り物を思い思いに確かめている。
表情から、子供たちが喜んでいるのが伝わってくる。
苦しかった「夕鶴」体験が報われる瞬間だ。
考えてみれば、子供が喜びそう(と大人が考える)なおもちゃでもなく
子供にしてみれば、一体何のために使う何なのかも
わからないようなものである。
にもかかわらず、こんなにも喜んでくれるとは。


当たり前の話であるが、プレゼントは
受け取らなければ、その人のものにはならない。
どんなにすばらしいものが用意されていても
「受け取る」という、子供でも出来るとても小さなことを
その人がしなければ、ないも等しいのだ。

万物の創造主なる神が
私たちひとりひとりの名前を呼んで
用意されているプレゼントがある。


「目が見たことのないもの、
 耳が聞いたことのないもの、
 そして、人の心に思い浮かんだことのないもの。
 神を愛する者のために、
 神が備えてくださったものは、みなそうである。」
(第1コリント人への手紙2:9)


(Kayoko)
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by tmbrs-3 | 2006-12-14 02:11 | Christmas

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