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素人の教育

私はこの春から、息子が卒業した「生活団」というところで
指導者をしている。
(ここでは「先生」とは言わないことになっている。
 「先生」はキリストのみ、という創立者の考えから)

無我夢中の1学期が終わった。
新しいところに入ると、良くも悪くも色々なことを感じる、思う、考える。
私は一般的に言うならば、新人である。
自分の母親ほど年齢の離れている指導者、
人生の大先輩たちと日々働きを共にしている。
だが、私はここに入った時、一つの考えを捨てることにした。
それは「新人だから」ということ。

婦人の友社、自由学園そして生活団の創立者である
羽仁もと子の著作集にこう書かれてある。
自由学園を創立してから25年が経ったときの言葉である。

「そうして私たちは教育の玄人になったか。
 否否否と私は言う。
 自由学園はいまも毎日素人の教育である。
 学校ばかりでなく、人間の仕事は何でも素人でなくては
 出来ない気がする。
 玄人になったらおしまいである。
 学校という舞台を持っていなかった日において
 受けたと同じような刺激が、より多く繁くなり深くなって出てくる現在である。
 純粋に敏感にその刺激を感じなくてはならない。
 受ける刺激にいつも必ず正直に直面して、
 その正しい対策を見つけ出そうとするものは、
 思いに増した恩寵に浴するものである。
 経験が棚の上で埃にまみれ、経験にとらわれて、
 人間は悪達者な玄人になってしまってはならない。」

結婚前、私は教育のプロとして現場に立っていた時代があった。
その頃の事をあれこれと思い出し、
また、ここまで歩んで来た普通の日々を思い返し、
そして今、この言葉が、胸に響くのだ。
日々目の当たりにすることを、
自己の経験やら肩書きやらプライドやら周囲の慣習やらで歪めることなく
まっすぐに感じ、発信し合うことができるなら
それだけで、棲む世界が豊かさを増すような気がしている。


(佳代子)
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by tmbrs-3 | 2009-07-28 21:25

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